某大手進学塾で中学受験を指導してきた経験上、私が最も嫌う言葉が「器用貧乏」です。
理由はいたってシンプルで、「器用貧乏な子どもは第一志望校に受からない」から。
私が見てきた「器用貧乏」の生徒たちは、かなりの確率で第二志望以下に進学していました。
もちろん器用なこと自体は良いことです。ただ問題なのは器用「貧乏」。
そこで、今回は私が中学受験塾で見てきた器用貧乏な子の特徴や、器用な子が器用貧乏に陥ってしまう原因について考えてみたいと思います。
器用貧乏と中学受験
辞書で調べてみると、「器用貧乏」とは
「なまじ器用にいろいろな事がこなせるために、かえって大成しないこと」
とあります。
つまり、努力しなくても大抵のことは一定の水準までできるようになってしまい、飽きて長続きしないため、結局は大きな結果に結びつかない、ということ。
これを中学受験に置き換えて考えてみると、
①努力しなくても大抵のことは一定の水準までできるようになる
=授業で新しい単元を学習をした際に、基本事項はスムーズに理解できる
②飽きて長続きしない
=十分に復習をしたり反復学習を行わないため、忘れてしまう部分が多い
③大きな結果に結びつかない
=応用問題(他の単元と結びついた複合的な問題)に対処できない
すなわち、第一志望校のレベルには到達しない
ということ。
器用ということは、理解力は平均よりも高いのです。優秀な子も勿論理解力が高い。
ではなぜ器用貧乏になってしまうのか、その原因を探ってみたいと思います。
器用貧乏な子と本当に優秀な子との分かれ目は幼児期
中学受験塾でさまざまな生徒や保護者と接した中で、器用貧乏になってしまった子どもには、幼児期の過ごし方に2つのタイプがあることに気づきました。
その2つのパターンは下記のとおりです。
タイプ①:親の放任主義で努力の仕方を学べなかった器用貧乏
特に困っている様子が見られないので、親が子どもの判断や気分に任せて放任してしなうパターン。
「うちの子はできるから親があれこれしなくても大丈夫でしょ」
と親が油断して特に何も対策してこなかった結果、子どもは「具体的な努力の仕方」やそもそもの「努力の必要性」を学べないまま成長してしまうのです。
もちろん子ども任せでも問題無く優秀に育つ可能性はあるのですが、それはある意味ギャンブルみたいなもの。特に頑張らなくても困らないのであれば、大抵は楽な事や遊びに流れてしまうはずです。
幼児期を伸び伸びと過ごすこと自体はとても良い事です。
ただ、好奇心を引き出したり、興味を深めるたりするような働きかけを何もせずただ放置してしまうと、せっかくの器用という能力の正しい使い方や伸ばし方を学ぶ機会が無くなってしまいます。
すると、いざ中学受験などでハイレベルな内容に当たった時、小学校のように授業を聞いているだけでは点数が取れません。
授業は分かる、小テストもまあまあできる、しかし応用問題や大きなテスト(模擬試験・過去問)になると全然結果を出せない。
そんな状況に陥ってしまうのです。
中学受験での問題点
このタイプの怖いところは、なまじ「自分は頭がいい」という自覚があるので、プライドだけは高いこと。「自分はやればできる」と言い訳だけを続けてしまい、なかなか学習の波に乗れず、ますます成績が低迷していくことが多いのです。
(ちなみにこの典型は、漫画「二月の勝者」の「今川里依紗」さんですね)
私の教え子では、入塾時期が平均か少し遅めの子に多いことが多かったです。
おそらく、学校では問題なく優等生な成績で、周りの子が中学受験をするから自分も、と入塾してみたものの、それまでとは比べ物にならない学習量の多さに、圧倒されついていけなくなってしまった、という感じです。
もちろん、そこから適切に対処して学習習慣を確立できければ、元が器用な子ですから十分挽回可能。小5に入塾したにもかかわらず準御三家レベルまで到達する子も中にはいました。
タイプ②:親の過剰な期待で忙しすぎて努力の仕方を学べなかった器用貧乏
逆に放任せず色々な環境を与えてあげることが、かえって器用貧乏に育ててしまうこともあります。
何をやらせても子どもがすぐに上達するので、
「あの才能があるかも!?」「こちらも向いているかも!?」と
手当たり次第に親が何でも与えてしまうパターンです。
楽器、くもん、英会話、体操、ダンス、幼児教室、スポーツ、プログラミング、などなど・・・
幼児期からおすすめとされる習い事は山ほどありますし、オンラインや通信講座など家庭で取り組める教材もたくさんあります。
器用な子はある程度の形まですぐに仕上げることができるので「まだ余裕がありそうだから」と、他の習い事も気軽に増やしてしまいがち。
しかし、これが後々大きな問題となってきます。
「器用に短期間で形を仕上げる」で通用するのは習い事でいえば基本レベルまで、勉強で言えば小学校の勉強までです。その先になると、小手先の器用さだけでは対応できず、いかに毎日工夫して粘り強く努力を積み重ねられるか、が重要になってきます。
しかし習い事などで毎日予定がびっちり埋まってしまうと、
「もう1回練習してみよう」
「できるまで頑張ってみよう」
「今日はいつもと違う練習法を試してみよう」
といった自分なりに工夫する時間を取れず、表面的なルーティーンをこなすだけになりがちです。
基本レベルであれば問題が見えにくくても、学年が上がるにつれて実力が伸び悩んでしまうのです。
中学受験での問題点
このタイプの怖いところは、日常的に疲れ気味であったり、長年の習慣で浅い学習に慣れてしまっていたりすることです。
学習習慣自体はあるものの、深く考える習慣がないため、応用問題になると途端に解けなくなってしまうことが多くあります。そしてこうした「簡単には解けない問題」に当たった時に
・もう少し粘り強く考えてみる
・角度を変えて考えてみる
といった対処法が有効であることを知らないので、諦めが早いことも問題となります。
このタイプは中学受験塾に早い時期(小学校低学年)に入塾するお子さんに多くいました。
ご家庭が教育熱心ゆえ入塾時期も小1からと早く、そしてすでに多くの習い事でスケジュールが埋まっており、目の下にクマがあるような子も珍しくありませんでした。
とにかくこのタイプの子は毎日忙しくしているので、手早く宿題を終わらせる能力ばかりが長けてしまい、じっくり深く考える力がなかなか身につかない、というのが教える側にとってずっと続く悩みでした。
幼児期に大切なのは努力の「過程」を学ぶこと
器用貧乏の2つのタイプに共通するのは、
器用で簡単に結果を出せるがゆえに「過程」の重要性を学べなかった、ということです。
・頭はいいはずなのに、いつも模試の偏差値が60を超えられない
・得意な科目だけは60まで行くが、他の科目がボロボロ
のいずれかに陥っているお子さんが多いはず。
努力せずとも正解できる基本問題しか解かなかったり、
努力せずともそこそこ得意な教科しか解かなかったり、
という結果です。
小学校の勉強では特段努力することなしに100点を取れていても、中学受験対策ではそうはいきません。
中学受験対策では、意識的に調べ、理解を深め、しつこい程に反復練習する、そういった行動が求められます。
小学校の勉強が浜辺のように浅い勉強だとすると、中学受験は遠海のように深い勉強。御三家レベルになればもはやマリアナ海溝、といったイメージ。難関校であるほど、とにかく理解を深めることがポイントになります。
まさに、この思考を深める「過程」を軽視し続けることが、器用で優秀なはずの子を「器用貧乏」にしてしまう原因と考えられます。
では
どうすれば、どうすれば器用貧乏にならないのか?
あるいは
既に器用貧乏になってしまっている場合、どうすれば器用「貧乏」を抜け出せるのか?
について、引き続き考えてみたいと思います。