中学受験は、基本的に当日のテストの点数だけで合否が決まる大変シビアな世界であり、と同時に公平性を重んじる受験でもあります。
入試本番。たった一人で闘いに臨む子どものために大人にもできることがある
こんにちは。元スパルタ塾講ママです。
2月1日は中学受験の東京・神奈川入試スタート日。
中学受験に関わる人間にとって、毎年この日は特別です。
漫画「二月の勝者」でも学校前に塾関係者がずらっと並び、受験生たちを応援するシーンが出てきます。
(今はコロナ禍の影響で控えるよう学校から通達があるらしいですね)。
私も塾講時代には、この時期毎日早朝から校門前に張り込んでいました。
明らかに寝不足なのにアドレナリンが出ていたのか、妙にハイな状態だったように記憶しています。
※二月の勝者のレビューと問題児K君のエピソードはこちら ↓↓
この特別な日にどんな記事を書こうかと考えてみましたが、意外と入試前後の記憶が少ないことに気づきました。
もうこの時期に講師が子どものためにできることは殆どないのです。
ただ、ある生徒との2月のエピソードだけは、今でもはっきりと覚えています。
第一志望校に何度落ちても諦めなかったY君。粘り勝ちで得た大金星
Y君の第一志望校はいわゆる準御三家。
御三家を狙う子たちにとっては「押さえ」の定番校でしたが、Y君にとっては受かる可能性が五分五分というチャレンジ校。
中学入試では御三家や国立を除いて、多くの学校は複数回受験のチャンスがあります。
Y君の第一志望校も2/1、2/2、2/4と3回の受験が可能でした。
ただ、これは「3回も受けられてラッキー」という単純なものではなく、実質2/1に受からなければならないことを意味しています。
2月1日の一発合格がセオリーの準御三家
御三家をはじめとする多くの学校は2/1午前に入試がありますから、この日は皆本命校に向かいます。
しかし2/2以降は受験者の質が変わってきます。
2/1に御三家や他の難関校を受験した子達も2/2以降それぞれの「安全校」や「併願校」の合格を取るために第二・第三志望校へ流れ込み、一気に難易度が上がってしまうのです。
しかも合格者の定員もどんどん少なくなります。
したがって、第一志望校が加点措置の無いチャレンジ校の場合、「2/1に合格を取る」が鉄則と言えます。
明らかに緊張しすぎ。顔面蒼白のY君。
2日1日の朝、私はY君の第一志望校へ応援に駆け付けました。
しかしそこで見たY君は明らかに緊張しすぎ。
顔色も悪く目が泳いでいて、私と目線が合いません。「これはまずいぞ」と直感したものの、とにかく「いつも通りやれば大丈夫」「深呼吸だよ」と声をかけ、受験会場へ送り出しました。
しかし残念ながら悪い予感は的中してしまいます。
2月1日の夜にY君のお母さんから受けた連絡は「不合格」というものでした。
2回目の受験も不合格。絶体絶命の事態に。
翌日の2/2、同じ学校の二回目の受験に臨みました。
難易度は上がるものの、普段通りの実力で臨めば合格の可能性はまだあります。
この日中学校で会えたY君は前日より幾分か緊張が解けているように見えました。
しかしこの日の入試にもY君には不合格となってしまいます。
そして信じられないことに、翌日2/3に組み込んだ「安全校(滑り止め校)」にも不合格。
何かがおかしい、と私は感じていました。
母の直感。とにかく塾へ行かせよう
2/3の夜、安全校の不合格報告を受けた電話で、Y君のお母さんは「今から息子と塾に行ってもいいでしょうか」と尋ねてきました。
翌日は朝から第一志望校の最後の入試。
普通であれば早く寝て翌日に備えるべきところですが、お母さんは何か思うところがあり、2/1と2/2の入試問題を息子に待たせて塾へとやってきました。
立て続けの不合格にY君は憔悴しきっていました。
原因は何か。不合格の現実を直視することからスタート
私は国語と社会の入試問題の解き直しに付き合うことにしました。
すると、明らかにいつもであれば解ける問題でY君は大量失点していたことが明らかに。
他の講師と確認した算数・理科も同様でした。
私は「いつもの君なら絶対に解ける問題ばかり」と繰り返し、
「Y君の本来の実力は十分合格できるレベルにある」
ということを何度も何度も伝えました。
4教科の2日分の入試問題を確認し、気づけばもう夜の21時過ぎ。ようやく落ち着きを取り戻したY君はお母さんと一緒に帰宅していきました。
泣いても笑っても最後のチャンス。結果は・・
2/4の3回目の入試、これが第一志望校最後のチャンスです。
定員はわずか30名。
ここには御三家をはじめとする難関校を狙いながらもわずかに届かなかった人たちがたくさんいます。
悲壮感すら漂う小学生たちがぞろぞろと会場へ向かう中、私はY君の姿を見つけました。
その顔はスッキリと晴れやかで、まさにいつも通りのY君。
「いつも通りに」と言う必要すら感じなかった私は、「問題を楽しんでおいで」とだけ伝え、彼の背中を押しました。
その日の夜発表された結果は「合格」。
Y君は電話連絡の後、直接教室まで来て泣きながら報告してくれました。
中学受験に潜む魔物。たった12歳の受験の恐ろしさ
Y君の受験から私が学んだのは、
12歳という人生経験の浅い子どもにとって、中学受験はあまりに大きな壁である、
ということでした。
3年間も準備にかかる膨大な学習量とその難易度の高さ、さらに数日間で繰り返される試験と合格発表。
そのどれもが子どもたちにとって初めての経験です。
そして、まだ客観的に自分自身を捉えコントロールする力が不十分なのが12歳という年齢。
Y君のように「緊張している自分」にすら気づかず、対処もできないまま「いつもの自分」を見失ってしまう子もたくさんいるのです。
それこそが中学受験に潜む魔物の正体です。
子どもに足りない力を大人が徹底的に補う
Y君のお母さんは明らかにいつもと違うY君を見て、今は親ではなく塾の先生と話して「いつもの自分」を取り戻す必要があると気づきました。
そして私もまた彼と入試問題を解き直す中で、「決して力が足りないわけではなく、緊張のあまり発揮できていなかっただけ」という事実に気づき、彼に必要な言葉をかけることができました。
こうした子どもにとことん寄り添う姿勢が必要となるのが中学受験です。
それは決して子どもの甘えではなく、これまで何年間も頑張ってきた子どもたちが、その努力の成果を十分に発揮するために必要なサポートなのです。
教壇に立たなくなって何年も経ちますが、毎年この時期はソワソワ落ち着きません。
受験会場へ向かう受験生達を見つけては、心の中でエールを送っています。
これから子どもたちを送り出す大人たちは、誰よりも冷静でいること、そして最後まで子どもに寄り添うことを心に刻んでいただければと思います。